本間 宗久(ほんま
そうきゅう、1724年(享保九年) - 1803年(享和三年)。酒田人名録では本間古作。通称を久作。出羽庄内(現在の山形県酒田市)出身。江戸時代の米商人で、酒田・大坂・江戸での米の商いで莫大な富を得たとされる。
相場三昧伝は、本間宗久が残した秘伝書とされている。
【第1章 米商いは踏み出し大切のこと
】
米商いは踏み出し大切なり。踏み出し悪しき時は決して手違いになるなり。又商い進み急ぐばからず、急ぐ時は踏み出し悪しきと同じ。売買共、今日より外、商い場なしと進み立ち候時、三日待つべし。是伝なり。米の通いを考え、天井底の位を考え売買すべし。是三位の伝なり。天井値段底値段出ざる内は幾月も見合わせ、図に当たる時を考え、売買すべし。商い急ぐべからずとは天井値段底値段を見ることなり。天井底を知る時、利運にして損なきの理なり。利運の米は強欲思わず・・・。
商いは何と言っても仕掛けが大切で、仕掛けのタイミングが悪ければ何回やっても失敗するケースが多いものである。天井値段、底値段が出なければ忍耐強く、何カ月も待ち、「ここぞ」と思う時に果敢に出動することが大切である。「せいては事を仕損じる」というが、決して急いではいけない。「今日は買わねば」と勇み立ったときは三日待つがよい。忍耐強く待ち、天井を知って、仕掛ければ、利運に恵まれ損がない。そして利が乗ったら、強欲を張らず、利食い、あと四~五十日は休むことが大切だ。「休む」すなわち冷却期間を置くということは天底を知る上でも大切なことである。
【第2章 下げ相場、月頭強く、月末よわきこと】
下がる米は月頭に強く、月末二十九日晦日迄下がるものなり。上げ相場の通いは月頭弱く、月末強く、急上げの方なり。
大勢下げ過程では月の初めに強張るが、持続性は乏しく、結局、月末、晦日にかけてジリ安を辿るものだ。上げ相場の場合はこの逆になる。
【第3章 大騒ぎの折り、火中へ飛込む心持ち】
米、段々あがるとき、諸国不時申し出し、大阪相場も加え、跡も引き上げ候沙汰、御蔵米など申し立て、なおなお上げ、人気も強く、我も買い気に付き候節、心を転じ売り方に付候事肝要なり。是すなわち、火中へ飛び込む思い切り、一統騒ぎ立つ節は、人々西に走らば、我は東に向かう時は極めて利運なり。
相場が段々熱狂してくると、あちこちで大騒ぎ。大阪相場の動きや、備蓄米のことなども話題にのぼり、一段と熱気を孕んでくる。自分のこの人気に乗じて、「今買わなかきゃ」と思うようになるが、こういう時は急遽、心を転じ、売りに回ることが必要。人気に逆らうわけであることから、火の中に飛ぶ込む思いだが、これが成功につながる。皆が皆西に行けば、自分は東に行く、つまり、人気の逆に行くことが利運への道だ。
【第4章 人気片寄ると逆現象】
米段々下げ、上方相場替わることなく無く、諸国並びに最上払い物払い物沢山の風聞、人気も揃い弱く、何程下がるも知れ難く、我が考も弱かるべしと思う節、心を転じ買い入るべきなり、この思い切り、海中へ飛び入る心持ち、はなはだ成りにくきものなれども、其の節疑いの気を生せず買うべし、極めて利運なり。下げと見込む時、思い入れの通り下がるものなれば心易きものなれども、人気下がると片寄る時、かえって上がるもの故、考えに及ばざるなり。上げも同断、すなわち海中に飛び込む心持ち、極意なり。
相場が下げに転じ、段々下げてくるといろいろな話が出てくるもの。藩のあちこちや、米どころ「最上」でも払い米が沢山あるという噂が広まるし、人気も弱き一色になってくる。これじゃ、どこまで下がるかわからないという不安人気が台頭、自分の考えも弱気に傾いて行く。このような時、弱人気に乗じて一緒になって売っていたんでは利運が遠ざかる。心機一転、海の中に飛び込むような気持ちで、こういう人気の時は買いに入ることが大切。言うは易しで、なかなか行い難いことだが、疑いなくやるべきだ。下がると思った相場が、思惑通りに下がればこんな易しいものはないが、往々にして人気が一方に片寄った時は逆に上がるケースが多い。
【第5章 冬より正二月迄持ち合う米
】
冬中より、正二月頃迄にて持ち合う米は、三四月より、五六月決して上がるなり。
下げてきた相場が底値段で正月の二月頃まで、二~三カ月も持ち合えば悪材が出ても買い戻しが入るし、三~四月、遅くとも五~六月から反騰に転じよう。
株式市場には「底値百日」という言葉がある。長い間、下げてきた相場が、底値圏で、三カ月も持ち合えば反騰期近しという考え。
【第6章 急に下げ、急に上がる相場
】
急に下げ、急に上がる相場は天井底の日限定まらず、見計らいを取りて仕舞うべし。
通常、天底の形成は環境、人気度、日柄などで決まるが、急激な上げの場合は日柄を待たずして、天井を形成する場合があるから、こういう際は三位の伝に従い機敏な処置が必要だろう。
【第7章 正月迄天井値段の米はあと下がる
】
冬中正月頃迄、底値段の米は五、六月上がるべし。冬中より正月二月頃迄天井値段の米は五、六月下がるべし。五月十分に下がる時は六月急上げなり。五月十分に下がらざれば六月決して崩るべし、疑いなし。七、八、九、十月迄も底値段の米は十二月迄に上がると心得べし。
上昇を続けてきた相場が、二月頃まで三カ月も天井圏でしっかりしていれば五~六月にかけて反落する。五月に大幅に下げれば六月は急反発するし、五月にあまり下げなければ六月は間違いなく安い。逆に下値圏で七、八、九、十月頃まで保ち合えば十二月頃にかけて反騰に転ずると心得ておくべきだ。
【第8章 七~十月天井値段の米】
七、八、九、十月天井値段の米は十二月迄に下がると心得べし。思い入れ多き年は決して夏下げなり。
七月から十月までの間、天井圏で持ち合った相場(米)は十二月までに下がるものである。このように、月々のことが頻繁に出てくるのは米作なるが故、気候が大きな影響を持つためで、この章でいう七~十月高値は収穫前の端境期で、台風など天災懸念が強いためである。その後下がるというのは天候の回復などにつれ、収穫高の見込みがたってくるためである。
【第9章 不作年掛け引のこと①】
当地、六、七月雨勝ち涼しく、時侯冷々しく、天気稀なる年は、此の方近国共極めて不作なり。又九州、四国、中国、畿内、東海道、奥州筋共、天気作合年々不同なり。北国上作、関西不作、西国不作、関東不作、その年々大概当国に準ずるといえども、その違いあるなり、能く能く考うべし。
稲作に大切な気候は六月から七月であるが、この期間に、雨が多く、涼しく、好天の日が少ない年はこの近辺は大体不作である。九州や東海道など遠方の国は天候などの違いから、作柄が一様ではない。大体はこの荘内地方に準ずるが、違いのあることを忘れてはいけない。
【第9章 不作年掛け引のこと②】
当地、六、七月不順にて、稲尺なく田の中窪み、元薄く共、六月末方より七月廿日頃
までに照り続く時は急に見直し上作に方になるなり。又六月より八月迄の間、大風、洪水、虫付き等の天災浅深に能く能く気を付くべし。此の事、当地は申すに及ばず、九州上方専らなり。
六~七月にかけ、天候不順で、稲に生育が悪くても、六月末から七月二十日頃まで照り続ければ作柄はもち直す。六月から八月にかけては、稲の生育にとって大切なときであるから、天候や虫害などに十分に気をつけるべきである。
【第9章 不作年掛け引のこと③】
さて、霜月限新商い、古米並びに其の年の作の見聞き釣り合いを以って、五、六十俵より百俵安に商い出初めてより、大概、四五十俵下げ稀なり。其の年の作の見当を以て商い出る故、累年十俵より二三十俵位の下げにて、其の年の変により上に向くなり。上方当地、不作天災等にて、六月出初めより急上げになることもあり、いずれ其の年々、不作の浅深、天災古来の多少、九州国々の様子にて大阪高下次第、当地に高下出ずる故、油断すべからず。誠に変化極まりなし。
さて六月に十一月限りの新米の商いを始めるが、相場はだいだい、古米だとかその年の稲の作柄と比べて、五~六十俵から百俵下げザヤで商いが始まるのが常である。しかし、その後、その水準から四~五十俵下げることは稀れで、その年の作柄を見て商いするため、毎年十~三十俵くらい下げで上向きに転ずるものである。大阪地方や荘内地区が天災などで不作のときは二~三十俵の下げもなく、六月の初商いから急ピッチに上がることもある。いずれにしてもその年の不作の程度、天災、古来の多い少ない、さらには九州地方の作柄次第で、大阪の相場に影響、そしてそれが当荘内地方にも影響を及ぼす。このように相場とは決して油断のできないものだし、実に変化極まりないものである。
【第9章 不作年掛け引のこと④】
但し、その年の底値段より起き上がる米は、五俵下げては十俵上げ、十俵下げては二十俵上げ、往来して、八、九、十、十一、十二、正月迄に天井値段出ると心得べし。此の天井になり極く不作年は、二三ヵ月も保ち合い下げざることあり。正二月より、少々づつ不位になり、四五六月に至り、高値の米故船々も買い進まず、特に六月順気能く、土用照り込み人気悪しくなり、ことさら六月は素人、玄人、他所買い持ちの衆共仕舞う月故、大崩れになり、七八十俵より百俵下げ位に、段々下がると心得べし。
ただし、その年の底値から上げる相場は五俵下げては十俵上げ、十俵下げては二十俵上げという具合いに下値を切り上げ、八月から翌年の正月頃までに天井をつけると心得ておくがよい。ただ、不作の年は急に下がらず、二~三カ月も天井圏で持ち合うこともある。しかし、この場合も正月二月頃から少しずつ下げに転じ、四、五~六月頃になると、値が高いので、買いものが入らず、特に六月に入ってから天候がよく、土用照り込みともなれば人気は一層悪くなり、ことに六月は新米の立ち会いが始まる月であるから、素人、玄人問わず、従来からの買い玉も手仕舞うので、急落場面となり、七~八十俵から百俵ぐらいにまで下がるものと心得ておく必要がある。
【第10章 相場引き上げ大騒ぎ考えのこと】
新商い始めてより、段々引き上げ、大騒ぎ出て、天井値段に成り、其の日二俵三分迄出て行き当たり、その日に内に狂い、三俵二三分返す、この日の二俵三分に心を付け考うべし。この米、又一両日のうちに二俵半六分迄通うものなれども、二俵三分引き立つ勢いなく、クラリ三俵台へ返すものなり。ここにて売り込むなり。急に二俵三分引き上げ候米故、三四俵の内は人気張り詰めおる故、四俵台へ下がる時は又々三俵へ買い戻すものなれども、自然と買い手なく、五六俵下がるなり。この時、米を考え入るるものなり。極めて三俵へ上がるものなり。是大通いなり。次の月二俵三分をうち越し一二分とも上がらば油断なく買い入るべきなり。又次の月、三俵位二俵半六七分に上げ留まり候はば、思い入れに売り込むべし。これ三位の秘伝なり。
安値から大幅に上げた相場が二俵三分まで吹き上げ、そこで上げどまり、その日のうちに動きが変わり、三俵二三分下がれば、この天井値段の二俵三分という値段を心に留めておきたい。一両日のうちに、いったん二俵三分寸前まで戻すが、これを上回る勢いはなく、だらだらと逆に三俵台に押してくる。ここが売りチャンスである。急ピッチに上げた相場であるから、四俵台まで押せば押し目買い気分でいったんは小戻すが、あと積極的に買い上げる向きはなく、ほぼ往って来いという水準まで下押すもの。ここで買いを考えれば自然に三俵台まで戻すものだ。
次の月に戻りピッチが早まり、もし、先の高値である二俵三分を一~二分でも上回れば即座に買うべきである。逆に二俵三分寸前で上げどまった時は思い切って売るべきである。
【第11章 行き付き天井値段】
天井行き付き値段というのは数月の内高下あり、段々五六十俵も引き上げ、その後上ぐべしとも下ぐべしとも知れぬようになり、又毎日十俵づつも必至必至と引き上げ、売り買いともに連れ落ちになり、大騒ぎ出る節、上げ留まり年中行き付き天井値段なり。
大天井の値段というのは数カ月の間、上げたり、下がったりして底値から大幅に上がった時点で、気迷い人気になる。さらにそこから急ピッチに上昇しはじめ、熱狂場面に至る。ここがポイントで、そこが大天井になる。
【第12章 冬中天井は六月急下げ】
冬中天井値段後の下げ相場は、四分半不作年は、翌春まで人気張り詰め下がらざるなり。船々買い急がず、土用中照り込み、田作り見事、御蔵米出不足、船不足かたがた、人気悪しくなり、六月急下げになるなり。
冬の間に天井をつけ、下げる相場について説明すると、不作の年は翌年の春まで、人気強く、下がらないもの。しかし、稲の成育に大切な夏の土用中に天候がよく、作柄がよく、さらに、廻米船が少ないということなると人気が悪くなり、六月から急激に下がるようになる。
【第13章 天井打ち後の動き冬中天井は六月急下げ
】
天井値段後の下げ相場は五六ヵ月の間、一カ月十俵より三四十俵、毎月定めて下がるものなり。しかれども、その時の模様にて、三か月下げ、四カ月目上がることあり。又五カ月より下がることもあり。六カ月皆下がることもあり。この事は天井値段出で、五六日十日計りの内、右並び値段にても、又少々安くとも売り付くべし。其の月末に二三十俵決して下がるなり。又その次の朔日より四五日の間専ら心掛け、若し商い出でずば、十日後廿日過ぎ迄売るべし。又、月の朔日より四五日頃迄か十日迄も、前月の安値同様、又々五六俵十俵方も下がる時は決して其の月末かえって上がるものなり。此のことよくよく心得べし。二つ仕舞い、三つ十分、四つ転じ、三位の秘伝なり。この心は天井より二三ヵ月はたしか下がるなり。四カ月目は品に寄り上がることなり、危うし売り方すべからずということなり。
天井値段の出たあとの下げ相場は五~六カ月の間、月に十俵から三~四十俵ずつ、きまって下げるものである。しかし、それもその時の情勢で、三カ月続けて下げ、四カ月目から上がることもあるし、五カ月目から下がることもある。あるいは六カ月間まるまる下がることもある。このように天井値段が出たあとの処置の仕方は五日、六日ないし十日の間に、天井値段に並ぶような高値やそれに近い値段が出たら、少々、不安であっても思い切って売るべきだ。その月末に必ず、二~三十俵下がるもの。次の月の一日より、四、五日間はよく相場の動きを見て、この間商いうすければ十日後二十日後過ぎまで、売るべきだ。また、一日から四、五日頃までか、十日まで、前月の安値のままいるか、あるいは五~六俵から十俵も下がる時はこの辺を境に必ず反発するものだ。出来高の増加を伴う上昇相場には力強いものがあるが、いったん天井を打ち、出来高がうすくなっていくとその後の戻りも鈍いということだ。つまり株式相場でいう二番天井を売るということだが、宗久翁は天井を打った後の相場の動きをこのように説明、秘伝として、仕掛け→相場の曲折→吹き上げ→転換という相場の呼吸をつかむことが大切と説いている。
【第14章 高下は天性自然の理】
米の高下は 天性自然の理にて高下するものなれば、極めて上がる下がると定め難きものなり。この道不案内の人は迂闊のこの商いすべからず。
米相場が上がったり、下がったりするのは天候や人気など天性自然の理に基づくものだから、必ず上がる下がるとか定め難い。種々の要因がからみ合うから、相場のことやこれらの要因にうとい人はうかつに相場に手を出してはいけない。
【第15章 天井値段後の下げ相場】
天井値段後、通いにて下げ相場は月頭に上げ、月末には二十九日晦日迄に二~三十俵、三~四十俵ずつ、定めて下がるものなり、疑いなし。
天井を打ったあとの下げ相場は月の初めに小戻すことが多いが、月末にかけて、二~三十俵から三~四十俵も決まって下がるもので、この動きは間違いない。
【 第16章 七、八月天井値段の時】
七、八、両月天井値段出る時は十二月迄下がるものなり。正月少々上がれども、春中不景気なるものなり。その節、過分引き下がる時は五六月の内極めて上がるものなり。
七、八月まで上げ、この近辺で天井をつけた相場は十二月まで、五~六ヵ月も続けて下がるものである。年明け正月に少しは反発するが、これは知れたもので、春の間中不景気風が吹くもの。この場合、意外な下げ幅になると五、六月には底を形成、きまって上昇相場に移るものだ。
【第17章 夏引き上げのこと】
十一、十二、正月頃迄下値の米は夏上げと知るべし、心得べし。七月頃迄も上がるものなり。七、八月両月底値段の米は十二月正月迄に大上げなるべし。九、十、十一月、この三カ月間は極めて天井値段なき月なり、底より起き上がる月なり。但し、かくのごとくあれども、八九十月、天井出る年折々有るなり、考うべし。
十一、十二、正月の下げで底値を固めれば今度は夏高に向かって相場は上げ始める。時期的には七月頃まで上昇が続くものだ。逆に七、八月頃底値を固める相場は十二月、実に正月まで急ピッチに上昇するものである。このように七~八月、十二~正月に米相場の場合は転機を迎えるケースが多く、この中間に当たる九、十、十一月の三カ月間に天井形成されるケースは例外を除いて少ないものである。
【第18章 天井形成過程のこと】
上げ相場の天井日限、定まらず。大概、月初底にて、二十一日より二十六日迄にその月の天井出るものなり。底より起き上がる米は、幾月も上がるものなり。段々、百俵あげくらいになり、二十九日、晦日迄に一~二俵も上がる時はその次月、年中行き付き天井値段出ると心得べし、このこと疑いなし。
上げ相場の天井は、一概に言えず、定まらないのが常だ。天井圏形成の動きについては既に説明した通りであるが、そこに行くまでの過程は月の初めは安く、そこを底にだいたい二十一日から二十六日位まで上げ、そこでその月の天井をつける。大底からの上げ相場ではこのような動きが幾月も続き、熱狂し、百俵ぐらいの上げ幅に至る。その月の二十一日~二十六日を過ぎてもなお一~二俵も上がるときはその翌月が年中の天井値段となる。このことは間違いない。
【第19章 正二月は大高下なし】
正二両月の相場は大高下なきものなり。但し、右両月の相場は正月上がれば二月下げ、正月下がれば二月上がるものなり。ひと目高下と心得べし。もっとも、ひそみ相場に気を付くべし。この両月は高下なき月故、売り買い共退屈、気を変えずる月なり。その節天井値段、底値を考えうること第一なり。もっとも、三月は相場強き月なり。崩れは四、五、六、この三カ月のものなり。
正月、二月の相場は大きな高下はなく、一月に上がれば二月は下がる、一月下がれば二月は上がるという保ち合い型の相場になるものだ。したがって、この二カ月は、大きな動きがないから、売るにしても買うのしても気が入らず、売り方、買い方とも退屈するが、こんなとき、退屈気分が一変することがある。つまり、保ち合い相場というのは次の段階にどちらかに放たれる潜在力を秘めているからだ。その放れが天井値段からの「放れ」であるか、底値段からの「放れ」であるか、まず第一に考えなければならない。もっとも一般的には三月は強張る月であるから、四~六月の間に下に放れるケースが多い。
【第20章 保ちあい上げ放れのあと】
大高下も過ぎ、天井値段後、相場保ち合い、上げか下げか見合いの時、何となく上方相場など含み、少々景気付き候時は人々買い気になり、騒ぎ立つほど上がるものなり。その節、決して売り場なり。これは通い相場にて、上げては下げ、下げては上げ,過分の高下もなく、幾度も通うものなり。右人気と通いの相場に心を動かさず、天井と底とを考うること第一なり。但し、大高下もなく、底にて保ち合い、自然と起き上がる米は売らざるものなり。段々買い重ねるものなり。これは通い相場にはこれ無く、自然と起き上がる相場なり。
急騰、急落という乱高下を経て、大天井を形成したあと、相場は保ち合い状態に入る。そして、この保ち合いが上に放たれるのか、下に放れるのか気迷いになったとき、なんとなく、大坂の相場の動きなどが当方にも入り、少々景気づいてくる。そうすると人々の買い気は強まり、騒ぎ始めてくる。「これは保ち合い放れかも」とかいって買い気はつのるものが、ここは実は買い場なのではなく、絶好の売り場なのである。つもり、大天井の後の二番天井というわけで、火中へ飛び込む気持ちで、売るところだ。ただし、底値圏で、相場が保ち合い、ここから徐々に上がってきた相場は売っては行けない。逆は買い乗せで対処して行くところである。
【第21章 保ちあい下っ放れ】
右保ち合いの時、少々下げ目になる時、かねて売り方の人は図に当たると心得、なおなお売り込み、買い方の人もここぞと売り逃げ、かえって売り過ぎ致す心になり、我先我先と売り込み候故、なおなお下がるなり、この時買うべし、極めて利運なり。はなはだ買いにくしきものなれども、買うべきなり。数年のものも、後悔多し。通いの商いは十俵高下を的にし手早に見切ること第一なり。
保ち合いが下げ足に転ずると、かねてから売り建てている人は「これは思った通りの下げ」とばかり、売り乗せてくる。買い方は「それ崩れた」とばかり、買い玉を手仕舞い、逆に「ドテン売り越しの方が」といった心境に至り、我れ先にと売ってくる。こうなると相場は売るから下がる、下がるから売るということでますます下がる。ここが本当の買い場であり、ここが本当の買い場であり、ここを買えばきっと利食いになる。はなはだ買いにくいもので、経験者でも後で、「あの時買っておけば」と後悔するものだが、買いにくい時こそ、勇気を持って買うべきだ。ただし、保ち合い相場のときは大きな高下はないから、上下十俵くらいを目処に手早く、利食い、見切るべきだ。
【第22章 買いおくれじ時】
米買うべしと見込み候時、二俵方も引き上がる時は、買い遅れじと心得、かえって売り方になることあり。はなはだ誤りなり。買いおくるる時は唯買い場を待つべし。
この米(相場)は買いだと見込みをつけたが、あれこれしているうちに、急遽二俵も上がってしまった。これは乗り遅れたとばかり、逆に売り方に回り、売りで稼ごうとする向きがある。しかし、これは大きな間違いで、結局はケガの元になる。買いそびれた時はヘソを曲げた売り方に回ったり、あるいは無茶苦茶な飛びつき買いをしないで、冷静に買い場を待つことが大切である。
【第23章 気崩れ安】
二、三カ月も必至、必至と上げつめ、急にひと落ち位も下がる事あり、これ極めて買うべし。又々上がるなり、その節早速手仕舞うべし。
二~三カ月も勢いよく上げ続けたあと、急にガタと下げることがある。この下げは買うべきで、また上がることは間違いない。その節は欲張らないで、いったん利食うべきだろうと解いている。これも今の株式市場では間々あること。順調に上げてきた相場が上げてきた相場が何とは無しに「気崩れ」的に下げることがある。宗久翁もこの「気崩れ安」な逆張り的な感覚で、買うべしとしている。
【第24章 意地悪しきもの】
米上ぐべしと買い入れておき、最初の思い入れより、上げ越し十分仕当たる時、上げ詰め行き当たる時は意地悪しく高下するものなり。その節商い仕舞い、四~五十日休むべし。右休みの内、見抜き候程の商い場有りとも決してせざるものなり。
相場は高いと見て、買った玉が最初の見込みより大幅に上げ、十分、自分の思惑が当たったと思った時には意地悪く相場は乱高下するものだ。そんな時には思い切って、買い玉を整理し、四~五十日休むべきとしている。この休みの間は、「これは行ける」と思う場面があっても相場には手を出さず、冷静に相場の流れを考え、次に備えることが必要だろう。株式市場でも、自分の思惑が図に当たって、大利食いになると、有頂天になって、次から次へと手を出す。こんな時は一度、二度はともかくとして、今までの利食い分を一挙に吐き出す程の下げが皮肉にもくるものだ。相場とは意地悪なもの。勝ってカブトの緒をしめることも忘れるべきでない。
【第25章 利食い腰を強く】
底を見極め買い付け、余程の利分付き候節、保ち合い候か、又少々引き下がることあり。その節利足勘定等致し、先達上げの節売り返さざるを思うことあり。はなはだ心得違いなり。底を買い出す時は落ち引きなき前に、決して売らざるものなり。底の買い引き上げ、落ちになる迄買い重ぬるものなり、心得べし。
底を見極め、買った相場が順調に上がり、かなり利が乗ってくると相場は保ち合いか、若干さげることがある。そうすると利足(今なら信用日歩)を一生懸命計算し、「アア、あの高いところを売っておけばよかった」などと思うことがある。しかしこれは大変な心得違いである。この相場はこの辺までは高いとみて、底値段を買うわけであるから落ち引きがない前は、なまじっかのところでは売らず、むしろ買いますことが大切。この辺の呼吸をよく心得ておきたいもの。株式市場でもよくここが大底と思って買って、ちょっと下がると、次の戻りで慌てて小幅の利食いに走る。底を確認してからの買いだけに、利食いの誘惑に負けず、利食い腰を強くしたいもの。
【第26章 上げのうちの下げ】
新米出初め、一、二俵方も高下あり、底にて保ち合い、五~六十俵位も景気付き、又二俵余引き下げ、保ち合うことあり。この相場、買い方は退屈し、売り方は益々売り募るなり。この米、決して売らざるものなり。売り方はここにて買い返すべし。この米、底より起き上がる米なり。上げの内の下げなり。すべて天井値段の時節を考うること第一なり。
六月に入り、新米の相場がたち、一~二俵も上げ下げし、その後底値で保ち合いになる。その相場が次第に景気づき、五~六~十俵も上げ、そこで二俵くらい下げ、保ち合うことがある。このように小幅の上げ~下げ~保ち合いになると買い方は退屈し、売り方はますます売りたくなる。しかし、この相場は決して売ってはいけない。売り方はこのモタつきで、逆に買い戻すべきである。この相場は底を叩いて上がって来た相場、つまり大勢的に上昇相場である。この中で、一~二俵の高下や五~六俵上げて二俵くらい下げるのはアヤ押しというべき性質のものである。アヤに一喜一憂では相場の世界では大成しない。次は天井がどこかよく考えて行動することが大切である。
【第27章 不利運の節、心得のこと】
不利運の節、売り平均買い平均、決してせざるものなり。思い入れ違いの節は早速手仕舞い、四~五十日休むべし。十分仕当たる商いにても、商い仕舞い候後は四~五十日休み、米の通いを考え、三位の伝に引き合わせ、図に当たる時を考え又仕掛けくべし。何程利運を得てもこの休むことを忘るる時は商い仕舞いの時は極めて損出ると心得べし。但し、商い仕舞い休むというのは、何心なく休むにあらず、その気の強弱を離れ、日日通い高下を油断なく考うべきなり。又前年売り方にて利運する時は又々強気に張り詰めるものなれども、これ又前年の気をサッパリ離れ、その時その年の作の様子、物の多少、人気の次第を考うこと第一なり。
見込み違いをし、相場が自分の考えと逆になった時は、決して、売り難平や買い難平をしてはいけない。早速手仕舞って、四~五十日休むことが大切だ。首尾よく思惑通りに相場が動き、十分に儲かった相場でもいったん手仕舞ったあとは四~五十日休み、相場の動きをよく見て、三位の伝に引き合わせてから(天、底、中段保ち合い)、「ここ」と思ったところで、仕掛けるべきである。幾ら利運を得ても、「休む」ということを忘れた時は必ず損すると心得ておくべきだ。ただ、休むといっても、何となく「ボンヤリ」と休めということではない。今までの強弱感を離れ、その日、その日の相場の動きや高安を油断なく見守らなければならない。前の年に売って、利食いをしたとき向きは「また今度も・・」と思うし、買いで利をおさめた人は今度も強気を張るものだが、これは失敗のもと。前の相場観をキッパリ捨て、新しい気持ちで、その時々の作柄、需給関係、人気度などを勘案して、次の仕掛けに備えるべきである、としている。
【第28章 利運の節、心得方のこと】
商い利運仕当たる時、先ず大概に致し、取り留むるものなり。その節一両日休むべし。この休むことを忘るる時は、何程利運に向きても、商い仕舞いの節は決して損出べし。勝ちに誇り、百両の利は二百両取る気になり、千両二千両の気移り、欲に迷うて見切りかね、損出るなり。これ欲より出で迷うなり。不利運の時はなおもっての事なり。その時の見切り大切のことなり。慎み心得べし。
相場が思い通りに運び、利が乗った時は、ほどほどのところで利食いするのがよい。そして利食ったら、一両日休むことが大切である。この休むということを忘れては、何回か利食いのチャンスが来ても、結局、最後は損をするものだ。相場に当たったことをよいことに、調子にのって、休むことを忘れ、次から次へと仕掛け、百両利が乗ったときはもう百両と強欲をかくようになる。こんな時、応々にして相場が急落するものだが、欲に迷って、見切りもできず、結局は損勘定になる。見込み違いをして、損になった時は、なおのこと欲に迷わず、思い切って投げるべきで、このことはよく心得ておきたいものである。株式市場でも、この「見切り」ということがなかなかできない。これは結局「休む」ことを忘れ、のべつまくなしに相場を張り、相場の流れを見失うことからくるものだが、特に信用取引での場合は留意したい。仕掛けて、一カ月たっても利食い圏に入らないようなときは思い切って見切るくらいの覚悟が必要だろう。
【第29章 勝ちに乗るべからざること】
数月思い入れよく、八九分通り仕当たり候節、必ず勝ちに乗るべからず。唯無難に取り留むることを専らにすべし。必ず必ず、欲を深くし迷うべからず。
幾月も考えた事がピタリと当たり、目標の八~九分のところにきた時は勝ちに乗じて、欲をかかず、予定通り、利食いすべきである。相場に強欲はまことにもって禁物というべきで、ほどほどにすることが肝心である。
【第30章 底狙い、天井狙いのこと】
底狙い、天井狙い、売買すること。専ら心掛くべし。
相場の底を狙い、ここだと思う際に買い、逆に天井を狙い、その兆候が出たら果敢に売ることが大切。その他の中途半端なときは見送り、休むことが肝心。
【第31章 十人が十人片寄る時】
相場、二三カ月も高下なく、又通いにておる時は、十人が十人退屈し、強気の人も弱気に赴き、売り方の人は図に当たると心得え、なおなお売り込み、その後決して上がるものなり。その節さてこそと弱気強気とも一つに成り、一度に騒ぎ立て買い返す故、俵飛ばし急上げになるなり。十人が十人片寄る時は決してその裏来るものなり。考えの通りに来るものなれば心易きものなれども、右様には来たらず、考えに及ばざるなり。陰陽自然の道理なり。
相場が二~三カ月も上にも、下にも行かず、無気力に保ち合った時は、十人が十人退屈し、強気で買い建てのある人も、こんな調子では先行き見込みなしと弱気に転じ、弱気で売り玉を持つ人も、これはいよいよ思惑通りかとばかり、ますます売り込む。ところが相場とは皆の意見が一致した時には反対になるのが常で、この場合も逆に高くなるものである。高くなり始めると、もともとの強気筋は「あ!、やっぱり・・・」とばかり買い直す。この二者の考えは一緒になり、相場は急騰画面に入る。十人が十人、見方や考え方が一致する時は相場が逆になるもので、このことはとくと肝に銘じるべきである。自分の思い通りに相場が動くなら、こんな簡単なことはないが、そうは行かないのが相場というもので、これ即、自然の道理というものである。
【第32章 売り方、駆け引きむずかしき】
一カ年の内、上げ一度、下げ一度の外は大高下なしとす。上げの内にも少々の下げ、下げの内にも少々の上げあり。これは通い相場にて天井底を見る相場にあらず。通いの高下に迷うべからず。すべて踏み出しは大切なり。買い出し候は思いやみなるものなれども利運に向く時、少しも苦しみなきものなり。売り方は心易きものなれどもはなはだ駆け引きむずかしきものなり。下げかかる時は、何程下がるかも知れぬ様になり、買い返しおくるるものなり。下げの調子、人の騒ぎに乗らず、欲を離れ買い返すこと第一になり。
一年の内に、大きな上げが一度あるが、このほかは流れとしてとらえれば小動きに過ぎない。つまり、大きな上げ波動の中ではアヤ押しがあるし、下げ過程の中でもアヤ戻り的な動きがある。往々にして、このアヤにまどわされて、失敗するケースが多い。アヤ押し場面で、「もはや相場もこれまで・・・」とばかり、売り陣営に加わってみたり、逆にアヤ戻し場面で、超強気に転じてみたり、結局、チグハグなことになりかねない。目先の動きに一喜一憂せす、じっくり相場の流れを捉えることが大切である。
相場というものは冒頭でもふれた通り、踏み出しが大切である。特に買いからスタートする時はいろいろ思い悩んだり、気苦労が多いものだけれども、踏み出しよく、大きな上げ潮に乗れば、利運に向くもので、大きな苦しみはない。これに反し売り方は日歩は入ってくるし、割合気苦労はないが、はなはだ駆け引きはむずかしく、下げに入ると、どこまで下がるかわからないような人気になり、売り安心ムードになる。相場とはまことに皮肉なものでこんなムードになった時、逆に反発するもので、結局は買い戻しがおくれてしまう。下げ相場に乗るコツは、人の騒ぎに乗ぜず、欲をはなれて、買い戻すことが大切である。とかく、強欲を張るとろくなことはなく、ほどほどにしたいものである。
【第33章 夏中冷気強きとき】
夏中、時候悪しく雨勝ちの年は、自然の不作と心得べし。夏中冷気強く、虫付き、洪水、大風等天災これある時、油断なく六月~七月より相場安き内買い入るべし。六~七月順気よく、てりつき、上作の取り沙汰、一分の見聞にも上作と見ゆる年は買い急がず、八~九月専ら年の買い場なり。月頭月頭に買うべし。但し九月は少々遅るる方なり。八月専らにすべし。上作年にても、年々九、十月より上がるものなり。又六月末七月中旬までも、何十年になき上作と沙汰し候とも、何等のこと出来て、多少も限らず遺作になるものなり。少しも申し分なく取り収ることはごくごく稀なり、考うべし。
夏の間、気候悪く、雨の多い年は不作になるのは自然の理で、夏中、照り込みがなく、虫がついたり、洪水や大風など天災のある時は、不作になり、相場も先行き高値になるから、油断なく、六月~七月頃から、相場の安いところを見計らって、買っておくべきだ。逆に六月~七月の天候が順調で、豊作、豊作と騒がれる年は、慌てず、八~九月、特に八月の月初に買うのがよい。六~七月頃まで、これは何十年振りの豊作といわれていても、その後、何か異変など起きて、収穫が狂うことがある。初めの予想通り、寸分の狂いもなく、収穫が出来ることは稀なことであると考えて、相場の見通しをたてることが重要だ。
【第34章 四月中の日、売り崩し】
当地近国も上作、上方も大方上作にて、三、四、五月迄底値段出でざる時はその後底値段出ると心得べし。右、当地最上、右作合いの年は四月中の日の頃売り崩しあるという、相違なし。
当地や近国、さらに上方も豊作というにもかかわらず、三月から五月にかけ、一向に下げらしい下げがなく、底値段をつけない時は、後日必ず崩れて、底値をつけるものと心得ておくべきだ。右の当地、つまり最上地方の作柄が上作の場合は、四月の中旬から必ず売り崩しになるというが、これは間違いのないことである。もっとも宗久翁はこのあと、四~五月の売り崩し場面は買い場になると付け加えている。
【第35章 金払底の年】
冬中より春までも金払底の年は思い入れ買い多き故、金不足するなり。この年、五月迄下がらざる時は、六月廿日頃に大崩れ疑いなし・・・。
冬から春になっても金が払底している年は米の思惑買いが多い証拠で、このために金が不足するのである。こんな年は五月まで下がらない時は六月に入って二十日頃に大崩れすることは間違いない。当時の通貨量はそれほど多くないし、その仕組みも今ほど複雑多岐ではなかったから、その動きを見ていれば、思惑買いが多いのか少ないのかが読めたが、今はこれほど単純ではない。しかしながら、考え方としては今も昔も変わるところはない。
【第36章 天底三年】
天井値段、底値段、三カ年続くものとあり。このこと天井値段計りと思うべからず。底値段も三年続くなり。常の年にも有るならば、能く能く付くべし。
相場の流れとしては天井値段が出るまでは三年、底値段が出るのも三年は掛かかる。このように、大きな流れとしては三年周期であるが、常の年、つまり一年、一年の相場においてもこのような周期というものがある。よく気をつけるべきである。
【第37章 下げを待ち買いに入るべし】
天井を考えうる事は百俵以上の的あり。底を考えうることは百俵下げを的にすれども、その時の模様に迷うことあり。下げかかる時は十日十二日十三日も下がるもの故、能く能く見合わせ、下げを待ち買い入るべし。丑の日、不成日、天一、八専、此の日多くは下げ留まりなり。わけて下げ相場の買いは底を買わざれば利浅し。
天井を想定する時は底から百俵以上の上げ相場を考えて、この辺を目標として進んだ方がよい。逆に底を想定する時は高値から百俵下げを目標にすればよいのだが、その時の様子で迷うことが往々にしてある。下げ相場のときは十日から十三日間も連続して下げることがあるから、よく、その時々の模様を見て、突っ込み、突っ込みと狙って行くことが肝心だ。暦から見ると、丑の日、不成日、天一、八専の日に下げ止まることが多い。とりわけ、下げ相場の過程で、買いで利をあさめるには底を・・・、底を・・・と狙っていかなければむずかしく、中途半端のところで買うとなにしろ大勢が下げ過程だけに利をおさめることは困難だし、仮に利が乗ってもそれは極めて少ない。
【第38章 心定まらず動く】
米上ぐべしと思えども、もし此の間に人下げ出ることも心もとなく見合わせ候節、少々上がる時はさてこそと思い、下がればさてこそ下げなりと思う。是一体心定まらず動くなり。跡相場にて考えうる時はあの上げ売り、此の下げ買えば、上げ下げにて取ること、心安く思われるけれども、高下を取ること稀なり。一両月も跡見合わせ、一度の上げか、下げかを取る考えをなすべきなり。上げ下げを取る心にては、年中休みなく、相場に連れ、心動き騒ぐものなり。それ故損出るなり。
この相場(米)の先は高いと考えていても、それまでにはひと下げあるかも知れないと思って見送っているとき、少し上がり始めると、「アア、やっぱり相場は高い」と思う。逆に少し下がり始めると、「やっぱり、買わなくてよかった、この相場はまだ下のものだ」と思うようになる。このように思うことは、心が一つに定まっておらず、目先の人気に一喜一憂するから起こるのであって、これではなかなか成功はおぼつかない。あとから振り返ってみると、あの高値で売って、この下げ場面で買えば、上げ、下げ両方取れたと簡単に考えられるが、実際やってみると上げ、下げ両方取れることはきわめて稀である。やはり、欲張らず、上げで取るか、下げで取るか、どちらか一方に決めて、対処すべきである。上下、両方とも取ろうとすると年がら年中、休まる時もなく、場味につられて上だ、下だと心が動き、結局は損になるものである。
【第39章 相場にさからうこと禁物】
弱気にて売り方に向く時、了見違い、少々ずつ不利運になることあり。その節売り平均せんと上げかかる米を段々売り込むことあり、はなはだ心得違いなり。相場にさからい宜しからず、慎むべし。買い方の節も同じ心持ちなり。思い入れ違いは早仕舞い、行き付きを見るべし。
強気から弱気に方向転換し、売り方になったとき、思惑が外れ、少々、利運から遠ざかることがある。こんな時、あせって、売り難平しようと上げかかった相場に対し、売り上がって行くが、これは、はなはだ心得違いというものだ。相場に逆らって、成功する筈はなく、このような売り上がりは慎むべきだ、売りばかりではなく、買いの場合も同じで、思惑が違った時は無理に相場の流れに逆らわず、手仕舞って、相場の動向を見て行くべきである。
【第40章 後悔に二つあり】
後悔に二つあり、是を心得べし。高下の節、今五六日待つ時は、十分取るべき利を、勝ちを急ぎ二三分取り逃がし候後悔、是は笑うて仕舞う後悔なり。又、七八分利運の米、欲に迷い仕舞いかね候内引き下げ損出る後悔、是苦労致し候上の後悔なり。慎み心得べきことなり。
後悔には二つある。これは是非心得ておきたいものである。一つは、今五~六日待っていれば十分に利が乗ったものを、勝ちを急いで、利食いが早過ぎ、二~三分儲けそこなった時の後悔であるが、この後悔は笑って見すごせる後悔である。もう一つの後悔は目標に対して、七~八分の利が乗ってきたが、ここで欲に迷い、「よーし、ここまで来た以上、天井を売ってやろう」と思っているうちに、相場が急落し、儲けどころが損がでてしまう場合の後悔で、これは後々まで、嫌な気分を残し、心労のする後悔である。常に腹八分目で対処したいものだ。
【第41章 通い運びは秘伝なり】
極意は毎日の相場に気を付け、米の通いを以って売買すべきなり。右の通い運びと申すは秘伝なり。この見様、黒白の違いあり。一毛違うて千里をする心、第一なり、
相場で成功するコツ、秘伝は、毎日、毎日の相場の動きによく留意して、相場の通いの時点で、つまり保ち合い期にうまく売買することにある。この通いの時点で、つまり保ち合い期にうまく売買することにある。この通い相場と運び、つまり、放れ(底から上伸、天井からの下落)を見分けるのが秘伝ある。この見方をあやまると黒と白ほどの差が結果として出てくるものである。心して対処したいものである。
【第42章 すべてが片寄ったとき】
米も弱く、人気も揃い、我思い入れも弱き節、その後、是非上がるものなり。人々の気も強く、上がると志し候米は、決して下がるものなり。兎角、百俵上げの米は下がること計りと笑うべし。タワヒもなく弱き米は、上がること計りと考えべ申すべきこと肝要なり。
相場つきも弱いし、人気も十人が十人そろって弱い。自分の考えも先行き安いと思う。こういう風に人気が極端に片寄ると、相場というものは逆に上がるものである。これの裏返しで、人々の人気も強く、この相場は高いと意見が一致した時は、必ず相場は安い。
とにかく、百俵も上げた相場はここからさらに上げると考えず、下げについてばかり考えるべきだ、反対に、いつ崩れるか知れないような弱々しい相場は売りをかんがえるのではなく、上げを想定し、買い場を狙うことが大切である。
【第43章 底値買い重ねのこと】
底値段にて保ち合い、上げかかる米は二~三カ月に急に天井値段出るなり。その節、百俵上げを的にして買い重ねて善きなり。
底値段で長い間持ち合っていあた相場が、上げに転ずると、上げ足が急速に早まり、二~三カ月後に天井値段を形成する。その場合、保ち合い値段から百俵上げの水準を目途におき、積極的に買い増して行ってよい。
【第44章 天井底の動きを捉える】
上方相場引き合わせ、乗せ米多少の考えを以って売買致す時は、相場にさからい、過ちこれあるなり。米は天性自然の道理にて高下するもの故、算用に及ばざるなり。極意は天井底の次第を心得、毎日の相場に気を付くべきこと肝要なり。
上方の相場と比べて、この相場が高いとか安いとか、採算に乗るとか乗らないとか、こんなことばかり考えて売買していると、相場に逆らい、結局、過ちを犯すことになる。
相場というものは天性自然の道理で上げたり、下げたりするもので、単なる採算だけで読むことはできない。相場で成功する極意は比較や採算だけで、一喜一憂するのではなく、天井や底値をしっかり心得て、毎日、毎日の相場の動きをよく見ておくことだ。
【第45章 気を転ずること】
高下これにあり其後保ち合いの節、何となく弱く見え、色々考え、諸方聞き合すといえども強味は見えず。此の間に、是非、是非二~三俵方も引き下ぐべき模様故、ここにて売らずんば後れになるべしと、しきりに売り気進み立ち候節、気を転じ買い方に付くべし、是伝なり。我至って、弱気にて買い方につくこと、はなはだ危く、ならぬことなれども、此の書を守り、一分の存意を立てず買い入るる時は、極めて利運なり。是非上ぐべしと買い気進み候節も、是又気を転じる売るべし、米商いの秘伝なり。常々、此の心持ち忘るべからず。我強気の節は、人も強気と思うべし、弱気の節も同じ。
相場が上に下にと荒れ、一段と下げたところで、保ち合いになった時、何となく相場の先が弱く見え、諸方の意見をいろいろ聞き合わせて見ても強気の意見はない。
先行き二~三十俵は間違いなく下げそうな模様であるから、ここで売らなければ相場に乗りおくれるとばかり、盛んに売り気にはやるが、こういう時は、気持ちを変えて、逆に買って出るべきである。皆が皆、弱気の時、逆に買って行くことは勇気のいることであるが、これを実行してこそ、成功するのであり、これが秘伝である。やりにくい時は、この書をよく読み、自分の意地を捨て、買えば必ず利が乗るものである。以上とは逆に、この相場は先行き絶対上がると、皆が皆、買い気に走るときは逆に、やはり気を転じ、売りを行うべきである。常々、この心がけを忘れてはいけない。自分が強きの時は他人も強きだし、自分が弱きのときは他人も同じ心境になっているものなのである。
【第46章 我一分の了見】
我一分の了見にて、売り買い決して致す間敷くなり。三位の伝を表にし、立羽を極め、売買の内、一方を立て抜くべし。
我一分の了見、つまり、自分の軽々しい判断で、売り買いしてはいけない。三位の伝に照らし合わせ、相場の流れ(天底)や水準をよく考えて、売り買いをするべきだ。方向が決まったら売ったり、買ったりするのではなく、一方を「立て抜く」、つまり、買いなら買い、売りなら売りを徹底して行うべきである。
【第47章 欲を離れる】
米の高下につれ、立羽もなく、上ぐべし下ぐべしと商い致し、五六日も過ぎ、米の動きにつれ、弱気になり、その節売り過ぎ致し、十四~五日も過ぎ、又々買い気になり、その度毎に損出るなり。是は商いを急ぎ、是非共取る心にて致す故違うなり。欲を離れ、天底を見定め、上げならば上げ、下げならば下げと、立羽を極め、三位の伝に引き合わせ、売りなり、買いなりと立て抜くべし。
相場の高下につれ、しっかりとした相場観もなく、目先の動きに雷同していると、下げてくると弱気になり、売り込む。それから十四~五日もして、今度は戻してくると強気になり、買いに回る。こんなことをしていると、その度毎に損が出る。これは商いを急ぎ、何が何でも儲けてやろうと欲をかくから、結果的に損をすることになるのである。欲を離れ、天底をしっかり見定めて、上げなら上げ、下げなら下げとはっきり見通しをたててから、売り、買いを行うべきだ。この際は勿論、三位の伝を参考にして、細かいテクニックを考えて行いたい。
【第48章 休むも大切】
この商い三位の伝を以って、一体の上げ上げを見極め、二つの内、何程の下げ、何程までの上げ、何程にて止まる、その節、上方此の方作合いを考え、終始如何と丹念致し、たとえば買いにつく時は、その間の狂い高下に構いなく、立羽を崩さずしっかりとすべきなり。思い入れ当たる時は、勘定の通い取り留まるものなり。安きところにて買い、高き処にて売るべしと心掛けては、宜しからず。上げと見込む時は、全体を考え、片買いと心得べし。若し、又了見違う時は、早速売り返し休み、とくと米の動きを見るべし。その節、米弱みに見ゆる故、売り過すことあり、はなはだ宜しからず。是非下ぐべしと存じても売らざるものなり。心得べし。
この相場は三位の伝に照らし合わせ、一体、上昇相場なのか、下げ相場なのかを判断し、もし下げ過程ならどのくらいまで下げ、上げ基調ならどの辺まで上げるのか、地合い、流れを考えることが大切である。この場合、上方や当地の作柄をよく調べることも大切で、その上げでたとえば買いに出る時は途中の「狂い高下」、つまりアヤを無視して買い姿勢を突っ張ることが大切で、目標まで頑張ることだ。そして最初の目論んだ勘定の水準まできたら、欲をかかず、利食うことが必要である。上げ相場の場合、安いところで買って、上がってきたら高いとことで売ろうなどとは考えず。この相場は高いと読んだら、全体のスケールを考え、買いの、買いので突っ走るべきだ。
もし最初の考えと違った際は、早速、売却して、休み、冷静に相場の動きを見るべきである。この場合、相場の先行きが弱くみえるため、売り越すことがあるが、これは禁物。間違いなく下がると思っても売らないことが大切であろう。
【第49章 ひと筋に立て抜く】
此の書を見極むるといえども、高下につれ、米の一体も取り失うことあるものなり。折々、三位の伝に引き合わせ、全体、米の上げか下げかを見合わせ、月々日々高下を考え、気動く時は毎日売買に思い入れ付け、年中商い致す故、商い仕舞いの節は詰まり損出るなり・・・・・。
一年の内、両度ならで、丈夫に商い致す処なきものなり。三位の伝を以て考え、此の米、二三カ月も上がるか下がるかをとくと考え、売り買い共、一ト筋に立て抜くべきなり。それ共に心もとなきことあらば、幾月も相待ち、図に当たる時を考うべし、返す返すも、三位の伝を離れ、一分の了見にて商いすべからず、肝要のことなり。若し、一分の了見を以て商い致せば、損すること疑いなし。
この章をよく読み、その真意、極意を習得しても、実際には相場をやってみると、相場が高値をつけたり、安値をつけたり、波乱含みの展開になるにつれ、相場の先行きがどうなるのか、解らなくなってくる。こういう時はこの書の三位の伝によく引き合わせ、相場の流れが上なのか、下なのかをよく研究することが大切である。月々やその日、その日の動きにつられて、年がら年中相場に手を出すと、結局は損が出ることになる。「よーし、ここなら」と思って、大勝負に出るチャンスは一年の間に一~二回しかないものである。
三位の伝に照らし合わせ、この相場が果して、二~三カ月も続けて上がるものなのか、それとも下がるのか、よく考えて、買いなら買い、売りなら売りに徹して行くべきである。売りなのか、買いなのか、はっきりわからず、どちらかに決めるにはいささか心もとない時は、幾月も待って、「ここだ」と思う時を探すがよい。
くれぐれも三位の伝を離れて、自分の了見だけで、軽はずみな商いをしてはいけない。これは大事なことで、三位の伝を離れた自己判断で、相場をやると必ず損することになる。
【第50章 通い商いの心得】
通い相場などにて、四五百両も売り付け置き、二十俵方も利分付き候時、的へ当たると心得売り込むことあり、大いに心得違いなり。通いの高下は十、二十俵のもの候えば、十俵~二十俵の高下、早く見切り取り留るものなり。売り買いをうらやましく思うべからず。
保ち合い相場のとき、上値で四五百俵売り付け、思惑通り下げてきて、二十俵程利が乗ってくると、保ち合い相場だという事を忘れ、これは当たったとばかり、さらに売り込むことがある、これは大変な心得違いというものである。保ち合い相場の上げ、下げは十~二十俵ぐらいがよいところであるから、早く見切りをつけることが肝心で、欲を書いてはいけない。こういう時の売買はめんどうくさがらず。機敏にやらなければいけない。
【第51章 二日待つべし】
此の米是非、是非上がるべし、今日中に買うべしと進み立ち候節、二日待つべし。是非下ぐべしと売り気進む時は、是又、二日待つべし。是極意の秘伝なり。すべて、天井値段の時に成っては、見計らい第一なり。天井値段出る時は、売るべしの心専一なり。底値段の節は買うべしの心専一なり。この心掛け忘るべからず。
相場が段々熟してくるとこの相場はまだまだ上がると強気一色になり、今日にでもかわなきゃ、乗り遅れることばかり勇み立ってくるが、こんなときは二日待つがよい。逆に、下げ過程で、この相場はまだ間違いなく下がるし、今売っても・・・・と思った時は二日待つがよい。これは極意の秘伝である、天井値段になったら、ただひたすらに売り場を狙い、底値段になったらもっぱら買い場を狙うことを心掛けるべきである。
【第52章 保ち合いの処し方】
相場、二三カ月も保ち合う時は十人が八、九人まで売り方に向くものなり。その後極めて上がるものなり。但し、登り詰め、百俵上げ位にて保ち合う米は下げ相場と心得べし。
安値保ち合い、つまり底値圏で二~三カ月も持ち合った場合だが、この場合は十人中八~九人までが、先行きもう見込みがないとばかり弱気になり、売り込む。しかし、ここで売るとあとで必ず反発するものである。格言に「底値百日」という言葉があるが、この二~三カ月の保ち合いの間に、売るべきは売りつくし、逆に売り込むも増え、底値鍛線ができてくるから、人気とは逆にあと反発に移るのである。こういう形の保ち合いとは逆に、上げ相場であって、上値で保ち合うときは、その後下げ相場に入ると考えるべきである。
【第53章 勝っておごらず】
商い幾月思い入れ克く仕当たる時、決して勝ちに乗るべからず。唯無難に取り留ることを専らにすべし。
数月思い入れ当たる故、売り買い共心易きものに心得、少々の高下にも思い入れを立てたがることあり。是慎むべし。此の商い、一足踏み外す時は、皆裏表になるものなり。返す返す大切に取り、疎略に心得べからず。此の商い、天性自然のものにて高下ある故、三位の伝を離れ得ることなし。
ここ数カ月の相場見通しが当たって、利が乗ったときは決して勝ちにおごらず、ただ無難に目標値で利食いを入れるべきである。何カ月も続けて相場が当たると、図に乗って
「相場で売り買いすることは簡単なものだ」と考えるようになり、目先の高値、安値もすべてとろうと思惑をしたがるようになる。これは真に慎むべきことである。慢心して、相場をいったん踏み外すと今度はことごとく裏目にでてくるものである。相場に取り組むときは、いいかげんな気持ち、考え方では駄目で、よくよく慎重に取り組み、あなどってはいけない。相場とは土台、天性、自然の法則に基づいて動くものであるから、三位の伝に従って、対処して行かなければ利はない。
【第54章 我強気の節は人も強気】
米弱みに見え、頼りに売り気進み立ち候節、三日待ち、気を転じ買い方に付くべし、極めて利運なり。是非上ぐべしと買い気進み立ち候節、是又、気を転じ売るべし。米商いの極意なり。この心忘るべからず。われ強気の節は人も強気と思うべし、われ弱気の節は人も弱気に片寄るなり。上げ詰め下げ、下げ詰め上がる、陰陽自然の道理なる故、考えに及ばざるなり。専ら三位伝の任すべし。
相場が安値圏でモタモタすると、どうも先行きが弱く見え、やたらに売りたくなることがあるが、こんな時は三日間待ち、気を転じ、逆に買って出るべきだ。必ず利が乗ってくる。また、逆に高値圏の場合、どう見ても相場の先行きはなお高い、今買わなきゃ乗り遅れると勇み立つ時があるが、こんな時は気を変え、売って出るべきだ。これは相場の極意というものである。この心を忘れてはいけない。自分が強気のときは他人も強気だし、自分が弱気のときは他人も弱気だ。人と一緒に行動していたのでは成功はできない。
【第55章 急に儲くと思うべからず】
急に儲くべしと商いを急ぐ時は、日々の高下に迷う故、相場を追い掛け、追い掛け商い致す故、その度毎に損出るなり。新米は上方諸方順気作合い能く能く相考え、天井底を考え、天井底を考え三位の伝に引き合わせ、買い方に付き、終始強気立て抜くべし。春夏の米も右の順なり。付け出し大切なり。幾月も見合わせ、底を見極めること第一なり。商い仕当たる時は見切り大切なり。商い仕舞い。四五十日休むこと肝要なり。
急いで相場で儲けようとすると、毎日、毎日の上げ下げに一喜一憂し、上げ始めると飛び付き買いに走り、下げるとあわてて投げるという型になり、その度毎に損が出る。やはりじっくり腰を据え、人気や需給をよく考え、天底を確かめてから仕掛けて行くべきである。
新米の相場についても、上方や諸国の天候や作柄をよく考え、三位の伝に引き合わせ、ここと思うところで買い方につき、その後は強気を一貫して貫いて行くべきだ。また、相場で成功するには冒頭でもふれた通り、初めの仕掛けが大切である。中途半端なところで、いいかげんな気持ちで仕掛けるのではなく、幾月もよく相場の動きを見て、底を見極めて仕掛けることが大切である。そして利が乗った時は欲を張らずに、目標のところにきたら、見切る、つまり利食うことが大切である。利食ったら、すぐまた仕掛けるのではなく、四~五十日は休んで、相場をよく観察し、再び底値を確認してから、仕掛けるべきである。
【第56章 作の善悪が根本】
作の善悪、高下の本なり。其の年々、九州、上方、当地、近国、並びに古米等多少の考え、第一なり。三位の伝といえども高下を知る術にはあらず、三位の節に至って、何等のこと出来て、上ぐべきの節を知るの術なり。深く考うべきものなり。
作柄の良し悪しが相場の上げ下げの根本である。したがって、その年々の九州、上方、さらに近国の作柄や古米の量などをつぶさに調べることが第一で、三位の伝といえども高下を知るすべての術ではない。現在の株式相場でも「ケイ線がすべて」という見方があるが、根本はやはり、投資価値であり、これに人気、需給がプラスされ、これらを勘案した上で、現実の相場が上か下か、保ち合いを見極めることが必要。
【第57章 豊年に米売るな】
豊作に米売るなということあり。但し、豊作故人気弱く、相場見越し安きなり。日本中、上作稀なり。いずれの国か欠作出る故、九、十月より大阪上げ来るべし。また豊作と諸方へ聞こゆる故、冬中買い人も来るべし。
豊作のときに米を売るないうことばがある。豊年だ、豊作だという空気がひろまるとだんだん相場は先を見越して安くなって行く。実際に「今年は豊作だ」と判ったときには既に相場は安値をつけている。この相場で米を売ったので馬鹿を見るだけ。豊作、豊作といっても、全国津々浦々、どこもが豊作ということはない筈で、どこかの国が不作となれば、先に安値をつけているだけに大阪辺りから急激に上げてくる。今年は豊作で、出回り豊富とみていただけに、上げてくると、十一月、十二月の冬中に至っても諸国から買いが入ってくるのである。
この章は株式の先見性と共通する。例えば株式市場でも、「決算が悪そうだ・・・」となると株価はひと足先にこれを織り込み始め、実際には決算悪が発表される時には、株も底をつけ、逆に上げ足に転ずるが、これは米の場合と全く同じ。
【第58章 凶作に米買うな】
凶作に米買うなということあり。但し、凶作故見越し高値に商い出で、その上、地方他所の商人共思い入れ多く、そのほか、町在共に無用の米も買い取り、札納旁々、作割よりも、七八九十月までに上げ詰まる、その上人気張り詰め夏中までに持ち詰まる故、極意は下がるなり、心得べし。
凶作のときに米を買うないうことばがある。不作、不作となると先高を見越して、相場は高値追いになる。その上、地方や他の商人なども思惑買いに走るし、無用の米まで買い漁るようになる。このように、人気が輪に輪をかけ先は先走り、実際の作柄、収穫高以上に相場が高くなり、十月頃に高値を形成することになる。ここで下がるかと思えば下がらず、不作人気が翌年の夏頃まで続き、結局、この間、高値保ち合い相場を形成することになる。しかし、所詮は下がるべく運命にあるのだから、警戒し、売り場を探ることが大切で、このことはとくと心得ておきたい。
【第59章 天井買わず、底売らず】
天井を買わず、底を売らず。但し、第一の心得なり。上がる時も下がる時も、天井底を知らざる故、此の上、何程上がる下がると上げ留まり下げ留まりの考えもなく、買い募り売り募り故、つまり損するなり。上げ過す時は、その後決して下がると心得べし。下がる時は、決して上がると心得べし。此の時、欲を離れ思い入れを立つべし。
「天井買わず、底売らず」・・・・これは相場の上では何といっても大切な心がけである。己れの相場観が当たると、調子にのって、どこまでも上げ続けるような錯覚に陥るし、逆に下げの場合、どこまでも下げ続けるような錯覚になり、とことんまで、買い上がったり、売り込むから、結局は損することになる。どこまで上がるかわからぬといった人気の場合は必ず、上げ過ぎた分は下がるのであるから、冷静に対処すべきである。同様に、奈落の底に落ち込むような感覚で、どこまで下がるかわからないといった人気の場合、調子にのって売り込むと、あと必ず反発する。こんなときは貪欲を張らず。思惑を立ち切るべきである。
【第60章 豊年の凶作、凶年の豊作】
豊作の凶作、凶作の豊作ということあり。但し、二三年上作、国々米沢山にある時、不作にても深く構いにならず、四五年、半六分七分にて米不足する時は、上作にても米上がるなり。すべて、上作二三年続く時は、不足の心を忘れ、怠り飽くことのみにて厭わざる故、左様の節は一両年の内、手の裏かくしの高値出ると心得べし。
米相場は豊年の時は安く、凶作のときは高いというのが定石だが、二~三年も豊作が続くと、諸国に米があり余るようになり、たとえ一年くらい不作になっても余った米があるので相場は上がらない。逆に四~五年も不作が続いてあと、一年くらい豊作になっても、やはり米は不足で相場は上がるものである。豊作が二~三年も続くと、足りない時の心を忘れ、気がゆるみ、米ばかり食べるので、一両年中に、米が足りなくなり、手の裏をかえしたような高値が出るのである。
【第61章 足らぬは余る、余るは不足】
足らぬものは余る、余るものは足らぬと申すことあり、但し、多きものは諸人沢山と心得、油断して覚悟ぜず、それゆえ極意不足するなり。不足なる物は人々、油断なく、覚悟してとのへ置く故、極意は余るなり。
「足らぬものは余る、余るものは足りない」といわれているが、豊作の年(多きもの)は誰でも米は沢山あると思い、油断して、手当てもしないで食べるから、最後には結局は足りなくなる。つまり、「つまり余るものは足りぬ」という事になる。逆に、不作の時は、皆、用心して、貯めたり、倹約したりして、需給を調整するから、結局は余ることになる。つまり、「足らぬものは余る」という結果になる。
【第62章 人の商い、羨ましく思うべからず】
人の商いをうらやましく思うべからず。但し、うらやましく思う時は、その時の相場の位を弁えず、唯うらやましく思う心計りにてする故、手違いになるなり。
人が相場で儲けた話などを耳にすると、「うまくやったなぁー」などどいって、つい羨ましがるものだが、この考えはいけない。羨ましく思い、「自分も・・・」と思って、あせって相場に手を出すと、その時は相場の位置や水準を考えないで、あせりの気持ちだけで、やることになるから、結局、損をすることになる。やはり、相場というものは人の動きに惑わされず、天底の確認や、流れを考えて、慎重に取り組むべきもの。
【第63章 相場に感情禁物】
腹立ち売り、腹立ち買い、決してするべからず、大いに慎むべし。
自分の考えに対し、相場が逆に動いたり、「敗け」がこんでくると、やけ(自棄)になり、感情に走って、売り、買いをすることがあるが、これは失敗のもと。大いに慎むべきで、やはりいつも冷静に立ち向かわなければいけない。
【第64章 天底三年周期】
天井値段、底値段、三カ年続き、それより変ずるものなり、疑いなし。
相場の流れを表すことばとして、「大回り三年、小回り三年」と言われるが、事実、底→天井→底・・・・という循環はほぼ三年毎に起こっており、この周期を無視せず、うまく捉えて行くことも相場には大切。
【第65章 米商いは軍術と同じ】
三略六韜(とう)の書は武芸軍術の奥儀にてその備えを堅うし、陣をなすの術なれども、毎度敵を打ち破り、勝ちを取ること計りはならぬものと見ゆるなり。米商いは軍術と同じ、凡そ数万人商いするも法立てと言うことなし。此の三位の伝は三略六韜の書よりも自由に考え置きたるものなり。七月甲に廻り、三年寒り、是すなわち八陣なり。敬い大切に所持すべきものなり。
古来から伝えられている兵法の中に三略、六韜という書があり、武芸軍術の奥儀とされている。この奥儀の通りに備えを堅くし、陣を張っても戦う毎に敵を打ち破り、勝利をあさめられると限りない。相場というのも軍術と同じである。しかし、相場をやる人は数万人にも及ぶが、軍術、つまり、相場で言えばかけひきや方針をはっきりうち立てて、臨むものは少ない。この三位の伝は三略六韜の書より、もっと自由な立場で、相場に役立つように書いたものである。例えば七月甲に廻り、三年寒りのときに買うと成功する。これは兵法の八陣の教えに沿うもの。三位の伝を敬び、これは大切に所持すべきである。
【第66章 暦と作柄】
六月土用の入り六日の内に、丑の日あれば秋風早く立つ故、作悪しきなり。七月七日の雨、大雨はそれ程になし、少雨は大いに作に悪しきなり。秋の彼岸、一日にても九月へ掛る時は、決して不作なり。後るるが故なるべし。日蝕は四つ前時より八つ過ぎまでにあれば作に悪しきなり。その外前後は構いなしとなり。然れども日蝕月蝕ある年は是まで大小となく不作なり。厄日は八十八夜無難なれば二百十日無難なりという。
【第67章 心の道多きこと糸筋の如し】
二つ仕舞い、三つ十分、四つ転じのことは前に記し置くなり。右米商いは上げ下げ二つより出て、心の道の多きこと糸筋のごとし。此の商いを心掛けくる人は前条の極意、常々油断なく見明らめ、考うべし。悉く見極むる時は自然と米の強弱を知るなり。この書を能く能く見明らめ売り買い致す時はたとえその年天災、不時作の豊凶、米の多少、買い船の多少、人気を以って、何程相場動きても、利を得ずということなし。必ず必ず、他言無用、専ら慎むべし。
三位の伝については前に記した通りである。この相場が果たして上げ相場なのか、それとも下げ相場なのか、この二つについてはそれこそいろいろな見方があり、まさに乱れる糸の如くである。相場をやる者は三位の伝の趣意をよく見極め、常々、油断をせず、軽々な行動をしてはいけない。よく環境や人気、天候などを考え、研究すれば自然と相場の強弱が読めてくるものだ。この書をよく見極めて売買すれば、たとえ、その年が天候不順で不作であり、需給関係が狂っても、利が得られないということではない。この書を他人に見せることは厳禁である。
【第68章 通い相場の見切り】
通いの高下は、十俵高下を的にして、手早に見切ること第一なり。
保ち合い相場は上下の幅がせいぜい十俵程度であるから、欲をかかないで、十俵の高下を目標に早目早目に見切ることが大切である。
【第69章 米金不自由なる人】
米金差し繰り易き人、買い方に向くなり。米金不自由なる人は毎度売り方に向くなり。それ故、少しの上げにも、買い返しに騒ぐなり。
資金繰りの楽な人は買い陣営につきやすい。逆に資金繰りがきつい人は常に売り方にまわりやすい。だから、売り方は少々の上げにもすぐおどろいて、慌てて買い戻しにかかるのである。
【第70章 金沢山の時米安きもの】
金沢山なる時は、米安き方なり。是米に思い入れなく、歩金に出るなり。金不足の時は米高きものなり。是米に思い入れ多き故なり。
金がゆるんでいる時は概して米相場は安い。これは米相場に対する思惑が少ないからだ。逆に金融が逼迫している時は米相場に対する思惑が強く、概して高いものである。
【第71章 もうはまだなり】
もうはまだんり。まだはもうなり。ということあり。但し、数日もはや時分と思い取りかかるに、見計らい悪しければ間違いになるなり。まだまだと見合わせておる内に遅るることあり。
もう底だ、ここが買い場だ、と思う時は「まだ」であり、まだまだ上がると勇み立った時はもう限界なのである。(逆も真なり)。
【第72章 相場引き上げの心得】
買い米これあり強気の処、相場引き上が時は、上げ留りの考もなく、なおなお買い募り、至りて高値の処重ね、不利運になることあり、慎むべきなり。是を取り留るに千両の買いをまず五百両分売り返し、米の強弱を見るべし。天井行きつき知れざる故、残らず売り返すも宜しからず。売り付けにて利分取り留るも、同じ心持ちなり。引き下がる時は何程下がるも知れぬ様になるものなり。上げの時に同じ、能く能く考うべし。
強気で「買い米あり」すなわち買い玉を建てているとき、相場が思惑通り上がり、利が乗ってくると、天井を打つなんて考えはなくなり、どんどん買い上がり、天井近いところまで買ったところで急落、大損することになる。思い上がって、思慮分別を欠くことは心から慎むべきことである。思惑が当たって、利をおさめて成功するには適時半分の利食いを入れて、あと相場の強弱、様子を見ることが大切である。
この段階ではまだ天井とは断言できないから、買い玉すべてを売り払ってしまう必要はない。逆に下げ相場で、売り玉を利食うときも同じ心掛けが必要である。売り玉を手仕舞う際は、「この相場はどこまで下がる下がるかわからなぬのに・・・」という気持ちになるものだし、上げ相場で手仕舞う時も「この相場はまだまだ上がるのに・・・」と思うもの。ここが肝心で、前章でふれた「まだはもうなり」をよく銘記したいもの。
【第73章 勝ちに乗るべからず】
商い利運に向かう時、勝ちに乗るべからず。百俵上げ近き時は、唯無難に取り留むることを工夫すべし。必ず強欲を思わず、無難に手取りして、商い仕舞い、休むこと第一なり。
利が乗ってきたときは勝ちに乗じて、いい気分になっては行けない。百俵も上げてきたときは、無難に利食いを考えるべきである。思惑通りに上げてくると、「まだまだ上のもの」と強欲を張って、揚げ句の果てに失敗するケースが多いものだが、目標近くまできたら、手堅く利食い、休んで次の展開を待つことが何よりも大切である。
【第74章 底値段見極むこと】
底値段を見極め買い出す時は、その間の高下の迷うことなく、立羽を極め、百俵上げまで片買いと心得べし。
底入れを確認して、買い出動したら、途中のアヤは余り考えず、天井の目標を定めて、買い一貫で対処して行くべきである。
【第75章 我が一分の了見は禁物】
わが一分の了見にて商いすべからず。年中、三位の伝に引き合わせ、上がるか下がるかをとくと考え、前広より、段々見合わせ、仕掛け置くべし。買い方、八分の利なり。売り方、二分の利なり。
自分の考えだけで、安易に商いとしてはいけない。三位の伝をよく研究し、この相場の流れは果たして上向きなのか、下向きなのかを見定め、じっくりと相場に取り組むべきである。よく、「雷同買い」「ちょうちん買い」などという言葉をきく。「皆が買っているから、上がるかも知れない、ひとつ買ってみるか・・・」ぐらいの調子で相場に手を出したり、自分の思いつきや浅慮で商いする向きが多いが、これは失敗のもと。やはり、現在の相場水準がどの辺に位置するのか。「流れ」をじっくり把握してから、出動すべきである。
【第76章 心持ちが第一】
霜月限の商い仕当たる時、心持ち第一なり。たとえば分限に応じ、千俵利分付かば、五百俵取り留むる心になるべし。百俵利分ある時は五十俵取り留る様心掛くべし。此の心持ちなき時は欲に迷い、天井底にて売り買い致し、苦労の上、不利運になるなり。この道を心掛ける人、常にこの心持ち忘るべからず。
相場で利をおさめようとするには心掛けが大切である。「頭の先からシッポまで・・・」という風に強欲を張らず、腹八分目程度での利食いが大切。例えば、千俵利食いになったら半分くらい利食いする気持ちが大切である。このような気持ちがないと、結局、欲に迷い、天井近辺になっても買い乗せたり、逆に大底圏で、売り乗せするようになり、挙句の果て、結局失敗する。相場の道を志す者は勝ちに乗じて、おごりたかぶり、強欲を突っ張ることは禁物である。
【第77章 商い急ぐべがらず】
商い進み急ぐべからず。売り買いともに思い入れ進み候時は、今日よりほか、商い場なき様に思うものなれども、是は巧者なき故なり。幾月も見合わせ、通いを考え、たしかなる処にて仕掛くべきなり。無理に天井値段、底値段の考えなく仕掛くる故、手違いになるなり。是、急ぐ故なり。
商いは決して急いではいけない。売るにしても、買うにしても、「よーし」と思い立つと、今日以外にチャンスがないように思い、三位の伝も忘れ、急いで仕掛ける。これでは結局失敗する。相場の流れ、水準をよく考え、ここぞというチャンスがくるまでは幾月も様子を見ることが必要。天井圏内なのか、それとも底の水準なのか、こういうことも考えないで、慌てて仕掛ける失敗する。相場に短兵急な考えはもっともよくない。
【第78章 相場高下の諭すまじさ】
何程心やすき人にも、売り買い進め申すまじきなり。若し、了解違う時は、恨みを得るなり、すべて、相場高下の論致すまじきなり。この道を心得る人は、わが了見を立てず、人の了見にて商いする人はなきはずなり。少々にても図に当たる時は、募り、了見を立てたがるものなり。是第一慎むべきことなり。もちろん、たしかなる高下を見定め、打ち明け人に語り進むる時は、人もその気になる故、二三俵方も利を得る人は、一俵ならで利運ならざるものなり。たしかなるところを見据え候らわば、人々にかかわらずして、売り買い致すべく候。もっとも世の中に賄い、諸国作合い、豊作凶作、上方相場、九州様子、聞き合わせ随分宜しきなり。存念は決して人に語るべからず、是大極意なり。常々専ら慎むべし。
どんな心やすい人であっても、売り買いを進んですすめてはいけない。もし、見込み違いから、損をさせると、のちのちまで恨みを買うことになる。本来相場は先行き高いとか、安いとかを議論すべき性質のものではない。相場をよく心得ている人は自分の了見(方針)も立てずに、専ら人の意見ばかりで、売ったり、買ったりすることはない筈である。少しでも相場を当てると、「それ見たことか!」とばかり、驕り、たかぶり、自分の意見をペチャ、ペチャしゃべりたがるものであるが、これは最も慎まなければならないことだ。勿論、しっかりとした見通しを立てて、人を説明すると、その人もその気になり、多少は利を乗せることができるが、最後の手仕舞いがうまく行かず、結局はたいして儲からない。自分が「こうだ」という確たる見通し固めたら、はたからのどうの、こうのという意見は無視して、自分の考えで売買すべきである。もっとも、各地方の作柄や上方の相場をきいたり、研究することは当然であり、よいことである。
【第79章 前年の心を離れる】
前年、売り方にて利運得たる人はとかく売り気離れ難く、売り方に向くものなり、以ってのほか、宜しからず。新米出初め候ては、前年の心さっぱりと離れ、その年の作の様子、物の多少、人気の次第を考うること第一なり。まず、秋米は買い方を第一にすべし。それとも算用にも釣り合いにも合わざる値段なるときは、それより了見を致すべきことなり。前年、買い方にて利運致す人も右同断なり。
以前に売りで儲けた人はとかく売りに走りがちで、何かにつけては売りたがる。これはもってのほかで、相場の上ではよろしくないことである。新米が出始めた時は、前の年の気持ちはすっぱりと捨てて、その年の作柄や在庫の量、人気など考えて、新しい気持ちで取り組むべきだ。この逆である買いの場合も同じ。
【第80章 平日仕掛けの心得】
唯々、平日此の米上がるか下がるかを考え、仕掛け申すべきこと肝要なり。
常日頃、懸命にこの相場は上昇過程なのか下げ相場なのか考え、仕掛けることが大切である。この際は三位の伝や今まで説明してきたことをよく考え、参考にして、決めて行くべきである。
【第81章 買い気進み立つとき】
買い米ある時は、終始強気張るものなり。この時必至必至と上がる時は、全体強気故、何ほど上がるも知らずと思い、この間買い遅れの心にて時分を待ちかね、買い気進み立つ時、わが存念を潰し、この書を守り申すべきこと。
自分が買っている時は人の意見や材料、現在の相場の水準などは眼中になくなってくる。そして思惑が当たって、グングン上がり始めると、「これはどこまで上がるかわからない」「利食いどころか買い乗せだ」などといって買い気が強くなった際には、この書の教えを守り、自分の存念を捨てるべきである。
【第82章 年中商い年の内にある時】
一年中、商い手の内にある時は利運遠し。折々仕舞い候て、休み見合わせて申すべきこと第一なり。
年がら年中、相場を仕掛けているときは利運が遠のく。自分の建て玉にのみ気を取られて、冷静に相場の流れを捉えることができなくなるためだ。だから、時々、商いを手仕舞って、休んで、時の情勢や相場の推移を見守り、現在の水準がどの時点にあるのか、検討することが大切だ。
【第83章 目標決め片買いで対処】
一日の相場を考え致すは、宜しからず。三位の伝を以って高下を考え、上げ下げ二つの内、何程より上げ、何程まで下げ、何程にて止まる、その節上方相場この方作合いを考え、終始は如何と丹念致し、例えば買い付く時はこの間の狂い高下にかかわらず、立羽を極め、しっかり買い出すべきなり。思い入れ当たり、引き上がる時は勘定の通り取り留むるものなり。しかるを、安きところにては買い心掛け、高きところにて売り心得けるは金高にばかりなり、手取り不足なるものなり。上がると見込む時は米の一体を考え、片買いと心得べし。若し又、了見違う時は早速売り返し、休み、とくと米の動きを見るべし。その節弱く相見え、売り過ごすこと易きものなり。はなはだ宜しからざるなり。是非引き下げ候と存じ候ても、売らず、休むべし。天井行き付け値段の後、売り方に赴くも、同じ心持ちなり。
一日、つまり極く目先のことばかり考えて商いすることはよくないことで、失敗するケースが多い。三位の伝をよく研究し、この相場は大勢上げ基調なのか、下げ歩調なのかを考えて、出動することが大切である。上げ基調ならばどの辺まで上げ、下げ歩調ならどこら辺まで下げて底を入れるのか、あらかじめ目標を定め、上方や当方の作柄も研究して出動すべきである。もし「買い」で行くときは途中のアヤは無視して、大勢観にのっとり、目標まで強気一貫で進むべきである。考えが当たり、上げてきたら、最初の目標の時点で、利をおさめるべきで、「もし少し上値が・・・」などと欲張ってはいけない。しかるに、安いところは買い、高いところは売りと心得、目先のアヤ取りばかりをやると結局、玉数ばかり増え、動きがとれなくなり、結局儲けが少なくなる。この相場が上と見たなら、アヤを捨て、「片買い」で目標まで、頑張るべきである。もし、見込みが違ったときは早速売却し、休んで、相場の動きをとくと観察することである。この場合、「この相場は弱い、ここから売ってとろう」などと思いがちだが、これは良くない。間違いなく下がると思っても、売らないで、休むべきである。天井を打った後、売り方に回っても同じで、了見が違ったときは買いに回るのではなく、あくまで休むべきである。
【第84章 三度より商場なし】
年中の内、両三度より外、商い致すところこれ無きものなり。この米、二三カ月も上がる、下がる、とくと見きわめ、買い気ならば買い気立て抜くように、その間の高下に迷わず、立羽を定め申すべきことなり。それとも少しにても心もとなきことあらば、幾月も見合わせ、図に当たる頃仕掛くべし。時々、気を転じ候ては利を得ることならざるなり。
相場というものは一年に二~三回の仕掛けのチャンスしかないものである。この相場は二~三カ月は上がると見定めてから、仕掛け、買ったら最後、途中のアヤは無視して、目標まで頑張るべきである。勿論、この逆も同じ。少しでも心もとなく、不安なことがあれば、何カ月も様子を見て、「ここぞ」と思うチャンスを待ち、そこで仕掛けるべきだ。年がら年中仕掛けたり。アヤに一喜一憂して気を動かしていたんでは、決してよい結果は出ないものである。
【第85章 金高定め仕掛けのこと】
商い致す節、何ほどの金高に売買致すべしと分限に応じ、相定め申すべきことなり。たとえば買い方ならば、まず少々計り仕掛け、右の買い米、少々たりとも利分付き候わば、段々買い入れ、最初心掛けし金高積もり、都合調い候わば、動かずしっかりと上げを待つべし。その節、思い入れの外上がる時は欲に迷い、勝ちに乗じ、高値の処にて、分限不相応の金高買い重ねる故、手違いになるものなり。引き上がる時は、最初積りの金高、確かに取り留むるべしと工夫すること第一なり。売り方も右同断のこと。
相場をやるときにはまず自分の分限に応じて、どのくらいの資金(玉数・株数)で売買すべきか決めることが大切である。買い方針ならばまず少し仕掛け、これが利食い勘定になってきたら、段々買い増し、最初に決めた数量を仕込む。そして予定量買ったら、あとはアヤに一喜一憂せず、「上げ」を待つのがよい。この場合、最初立てた目標で利食うことが肝心であるが、応々にして、勢いづいて上げてくると、欲に迷い、勝ちに乗じて、身分不相応に買い乗せする。これが結局手違いのもとになる。最初に決めた数量で、しかも最初の目標値で、確実に利食うことが大切である。これは勿論、逆(売り方)も真なりである。
【第86章 売り気に赴くべし】
米急に引きあがる節、思い入れに売付くべしと売り気に赴くべし。又急に引き下がる時、買い入れ申すべしと買い気になるべし。但し、上げ留め下げ留め知れざる故、売り放ちも少し危し。しかしここ売るべし、買うべしの心待ちなき時は上げ詰めのところにて買うものなり、又下げ詰めのところにて売るものなり。右の心待ち必ず伝なり。
相場が目標近くで急騰するよな場合には「ここが売った方がよい」と売る気をおこさなれけばいけない。逆に、ダラダラ下がってきた相場が急に下がった場合は、「そろそろ買いの水準にきた」と買い気を起こすことが大切である。このように、買い気、売り気を持っていないと、人気に雷同して、天井圏で買いつき、底値圏で売るような破目になる。この心を持つことが相場で成功するには大切である。
【第87章 慰み仕掛け禁物】
相場保ち合いの時うっかり慰みに商い仕掛けてくることあり、はなはだ宜しからず、慎むべきなり。この商い強いて初念の思い入れを離れ難きものなり。よほど玄人ならで、見切りできざるものなり。例えば百両売り付け候て、少々上がる時、最初踏み出しの百両分に念を残して買うことを忘れ、又々売り重ねる心になるなり。段々上がる時はここにて売りならしすべしと売り込む故、自然金高成嵩み、後々は売り返しも買い返しも自由ならず、大事に及びなり。突き出し商いを慰みのようにうっかり仕掛ける商いより発するなり。例えば百両分仕掛けるとも容易に心得ざるものなり。とくと米の商い運びを見定め、作割金割等を考え、売買とも付き出し申すべきことなり。
相場が保ち合いのとき、大きくは取れないが、「少しくらいなら・・・」と軽い気持ちで、ついうっかり仕掛けることがあるが、これはよろしくない。慎むべきことである。この相場は「買い」(逆に売りも)と思って、いったん仕掛けしまうと、なかなかこの考えから離れられないものである。玄人なら、これは失敗と気がつくとすぐに見切りができるが、一般の人はそうはいかない。例えば、最初百両売って、その後、相場が上がると、最初に百両欲しさに買戻しを忘れ、さらに売り上がることになる。そして、最後は売り返しも買い返しもできず、結局、にっちもさっちも行かなくなる。これは初めの商いを、ついうっかり仕掛けるからであり、最初が肝心である。例え、百両仕掛けるにしても、とくと相場の流れや、目標、出来高などを考えて、慎重にスタートしなければならない。
【第88章 秋米は売るべがらず】
秋米は何程上作にても売り方すべからず。心に叶わざる相場の時は休むべし。若し、夏中より古米高値安値の釣り合いにて、二十五六俵より始まる年は、当分売り方もしかるべく、金高無用、二~三百両に限るべし。
秋米はたとえ上作で、出回りが豊富だからといっても売ってはいけない。ただ、二十五~六俵から始まった年に限って売りもよい。ただし、大張りではなく、せいぜい二~三百俵の小口張りに限る。
【第89章 この書見せ申すまじき】
この書、懇意の間柄にても、必ず必ず、見せ申すまじきなり。全く、われ一人富まんとにはあらず。この書をよくよく見極めもせず、心安きものに心得、売り買い致し候えば手違いになり、時にはより身上にかかわり、恨みを受くる故に、必ず必ず他見無用のこと、秘すべし秘すべし。特に三位の伝は天下稀れなる法立てにて知るもの数少なし。この法にてしたがって、売り買い致すときは、福徳利運にして、損するということなし。大切に心得、秘蔵すべし、慎むべし。秘すべし。
この書はたとえ懇意の間柄の人であっても見せてはならない。これは何も自分一人だけが儲けようと思うからではない。この書の真意をよく理解もせず、安易に自己流に解釈し、相場に手を出すと、手違いが起こり、時によっては身をほろぼし、恨みを受けることになるからだ。したがって、他人に見せることは厳に慎むべきである。特に三位の伝は天下に稀なる秘法であり、知る人も少ない。この法に従って、売買すれば利運に恵まれ、損することがない。大切に心得、秘蔵し、他人に見せることを慎み、そして、よく読んで理解すべきである。